事業譲渡とは?M&A・株式譲渡との違いやメリットとデメリットについても解説

更新日:2024年01月28日

事業譲渡とは

事業譲渡とは、事業の一部またはすべてを第三者に譲渡するM&Aの手法です。譲渡対価を会社が受け取りたい場合、会社の存続を望む場合などに用いられます。

本記事では、事業譲渡の概要を説明した上で、メリットや注意点、手続きの流れなどについて詳しく解説します。

目次

事業譲渡とは

事業譲渡とは、会社が営む「事業」の一部またはすべてを第三者に譲渡することです。

事業とは、商品やサービスなどを提供することにより対価を得るために機能する財産を指します。そのため、事業を営むために必要な資産に加えて、負債や従業員との雇用契約なども事業譲渡の対象です。

なお、個別の事業用資産を譲渡することは一般的に事業譲渡に該当しません。

参考)負債とは

参考)資産とは

事業譲渡と他のM&Aとの違い

事業譲渡は、M&Aのひとつのスキームとして分類されることが一般的です。ここから、そもそもM&Aとは何かを説明してから、事業譲渡と他のM&Aとの違いを解説します。

そもそもM&Aとは

そもそもM&Aとは英語の「Mergers and Acquisitions(合併と買収)」を略した言葉です。つまり、M&Aは複数の会社がひとつになる「合併」やある会社が他の会社を買う「買収」を主に指します。

また、M&Aは「狭義のM&A」と「広義のM&A」に分類可能です。狭義のM&Aに含まれる項目を、以下の表にまとめました。

合併 買収 会社分割
新設合併 吸収合併 株式取得 事業譲渡 新設分割 吸収分割
株式譲渡 第三者割当増資 株式交換 株式移転 一部譲渡 全部譲渡

広義のM&Aでは、上記の内容に提携(業務提携・資本提携)が加わります。

買い手がM&Aを実施する主な理由は、事業の強化・新規事業への参入などです。また、複数の会社が協力することで、単独で活動したとき以上の効果を生み出すシナジー効果を期待してM&Aを実施することもあります。

一方、売り手がM&Aを実施する主な目的は、事業承継問題の解消や経営基盤の強化などです。

事業譲渡と株式譲渡の違いとは

株式譲渡とは、売り手の株主が所有する株式を買い手に売却することにより、経営権を渡すM&Aです。事業譲渡と株式譲渡の主な違いとして、M&Aの目的物や取引主体などが挙げられます。

事業譲渡は実施時に「事業」を譲渡するのに対し、株式譲渡で譲渡するのは「株式」です。また、事業譲渡では対価を「会社」が受け取るのに対し、株式譲渡では株式を譲渡された「株主」が対価を受け取ります。

さらに、事業譲渡の場合、会社自体の経営権は売り手側の会社にそのまま残る点もポイントです。

事業譲渡と合併の違いとは

合併とは、複数の会社をひとつにするM&Aを指します。事業譲渡の場合は売り手側の会社の法人格が存続するのに対し、合併の場合は消滅する点が主な違いです。

また、合併は組織再編行為に該当するため、債権者保護手続きなどにおいて厳格な手続きが必要な点も違いとして挙げられます。組織再編行為とは、合併・会社分割・株式交換・株式移転のように、会社組織について大幅な変更を伴う行為のことです。

なお、合併には新設合併と吸収合併があります。新設合併が合併後に存続する会社を新たに設立する合併であるのに対し、吸収合併はすでにある会社が売り手側の会社の資産や負債などを承継する合併です。

事業譲渡と会社分割の違いとは

会社分割とは、営んでいる事業の一部またはすべてを別の会社に承継させるM&Aのことです。会社分割は、自社の事業を別の会社に承継させる点において事業譲渡と共通していますが、対価の支払い方法やM&Aで引き継ぐものなどの点で異なります。

まず、事業譲渡はM&Aの対価支払いが基本的に現金であるのに対し、会社分割は株式である点が違いです。また、事業譲渡で買い手は取引先との契約を個別に承継するのに対し、会社分割では包括で承継します。さらに、合併と同様に会社分割が組織再編行為に該当する点もポイントです。

なお、会社分割には、新設分割と吸収分割があります。新設分割は事業の受け皿として新たに会社を設立する会社分割で、吸収分割は既存会社が事業を引き継ぐ会社分割です。対価の受け取り方によって、分割型分割・分社型分割にさらに分類するケースもあります。

事業譲渡を選択するメリット

譲渡側(売り手)と譲受側(買い手)の立場に分けて、M&Aの手法として事業譲渡を選択するメリットを紹介します。

譲渡側(売り手)のメリット

譲渡側(売り手)はM&A実施後も、引き続き会社を経営できる点が事業譲渡のメリットです。会社の経営権を丸ごと譲り渡す株式譲渡と異なり、事業譲渡では経営権を失いません。

また、「選択と集中」を進められる点も売り手にとってのメリットです。選択と集中は多角化経営の対義語で、特定の事業分野に経営資源を集中させることを指します。不採算事業を売却して得た資金を本業や成長事業にあてることにより、経営効率を改善できるでしょう。

さらに、M&Aの候補先を探しやすい点も事業譲渡のメリットです。株式譲渡と異なり、会社の負債も含めて引き継ぐわけではないため、買い手にとってのハードルが下がります。

そのほか、株式譲渡と比べて譲渡側がM&Aを進めやすい点もポイントです。株式譲渡で経営権を移転させるには、基本的に株主全員の同意を得なければなりません。それに対し、事業譲渡は株主総会の特別決議や取締役会の決議により、実施できます。

参考)取締役会とは

譲受側(買い手)のメリット

譲受側(買い手)にとって、譲渡側(売り手)の負債・債務を引き継ぐ心配がない(対象事業に紐づくリスクを除く)点が、事業譲渡のメリットです。

それに対して会社自体が譲渡の対象の株式譲渡では、売り手の負債・債務をそのまま引き継ぎます。そのため、株式譲渡を進める際は売り手に貸借対照表に計上されていない債務(簿外債務)があり実質的に債務超過ではないか等、あらかじめ確認しなければなりません。

参考)債務超過とは

また、譲り受ける事業を限定できる点も買い手側の事業譲渡のメリットです。

売り手は、さまざまな事業を手掛けている可能性があります。買い手はその中から自社にとって必要な事業や、成長性を期待できる事業にのみ絞って譲り受けられるため、コストやリスクを軽減できるでしょう。

さらに、事業譲渡を用いれば、「のれん」を5年かけて償却し、その分を損金として計上できる点もメリットです。のれんとは、事業譲渡で支払う対価と対象事業の資産・負債総額との差額を指します。

参考)のれんとは

事業譲渡を選択するデメリット

ここから、譲渡側(売り手)と譲受側(買い手)にとって事業譲渡を選択するデメリットが何かを説明します。

譲渡側(売り手)のデメリット

譲渡側(売り手)は、事業譲渡してから一定期間同一エリアでビジネスできない点がデメリットです。会社法第21条には、当事者で別段の意思表示がない限り、譲渡会社は譲渡日以降20年間同一事業ができないことが規定されています(競業避止義務)。

また、株式譲渡と異なり、個別で譲渡に関する手続きを進めなければならない点もデメリットです。従業員との雇用契約・取引先との契約・事務所の賃貸借契約など、事業に関する各種契約を引き継ぐ手間がかかります。

さらに、事業の関係者から個別で同意を得なければならない分、実際に譲渡するまでに時間がかかるでしょう。スムーズに事業譲渡を進めるためには、あらかじめ従業員や取引先などから同意を得ておかなければなりません。

そのほか、どこまでの事業を譲渡して、何を自社の事業として残すかを決める手間がかかる点もデメリットとして挙げられます。

参考:e-Gov「会社法 第二十一条」

譲受側(買い手)のデメリット

譲受側(買い手)にとっても、対象事業に携わる従業員や取引先と契約を締結し直さなければならない点がデメリットです。そのため、事業譲渡の手続きが完了するまでに一定の期間を要します。

また、許認可についても、事業譲渡の場合はあらためて取得しなければなりません。一方、株式譲渡でM&Aを実施する場合は、経営者が代わるだけのため基本的に売り手が取得した許認可を引き続き使用できます。

さらに、リスクを軽減するためにデューデリジェンスの実施が必要な点が、買い手にとってM&A全般のデメリットです。デューデリジェンスとは、投資対象の価値やリスクなどを専門家が調査する作業を指します。

そのほか、事業譲渡の対価分の資金を用意しなければならない点も、買い手にとってのM&A全般のデメリットです。手元資金が不足している場合は、金融機関の融資や社債発行などにより資金調達しなければなりません。

M&Aで事業譲渡を選択するケース

いくつもあるM&Aの手法の中で、売り手側が事業譲渡を選択するケースは主に以下のとおりです。

  • 会社側で譲渡対価を受け取りたい場合
  • 必要な事業を残して会社を存続させたい場合

それぞれ解説します。

会社側で譲渡対価を受け取りたい場合

会社側が譲渡対価を受け取りたい場合に、事業譲渡を選択することがあります。なぜなら、M&Aの手法として株式譲渡を選択した場合は譲渡の対価を売り手側の株主が受け取るのに対し、事業譲渡であれば会社が対価を受け取れるためです。

売り手の会社は、事業譲渡で得た資金を新規事業立ち上げや既存事業の強化に役立てられるでしょう。ただし、事業譲渡で対価を得た際は、売り手側の会社に税金が発生する点に注意が必要です。

なお、事業譲渡を選択するケースでオーナー経営者に対価を還元したい場合は、得た資金を元手に配当を還元したり、退職金にあてたりするなどの方法があります。

必要な事業を残して会社を存続させたい場合

必要な事業を残して会社を存続させたい場合も、事業譲渡を選択することがあります。会社の経営権を渡す株式譲渡と異なり、事業譲渡はあくまで事業が譲渡の対象であるためです。

「先祖代々続いている会社である」「自分が創業した会社である」などのように、特別な思い入れがあり、会社を再建したい場合に事業譲渡を選択肢に含めることもあります。また、事業の譲渡はやむを得なくても、優秀な人材やノウハウを失いたくない場合にも、事業譲渡を活用できるでしょう。

さらに、会社の中で好調な事業と不調な事業がある場合も、事業譲渡を検討することがあります。社内で業績が芳しくない事業を切り離し、好調な事業の経営に特化すれば、会社全体の業績や財務内容の改善につながるでしょう。自社でうまく採算を取れない事業であっても、シナジー効果に注目した会社が買取を希望する可能性はあります。

事業譲渡の流れ・手続き方法

事業譲渡の流れは、以下のとおりです。

  1. 譲渡ニーズ発生・価値評価
  2. 候補先探し
  3. 秘密保持契約の締結
  4. トップ面談後に基本合意契約の締結
  5. デューデリジェンスの実施
  6. 取締役会決議
  7. 事業譲渡契約の締結・クロージング
  8. 株主総会での承認・事業譲渡届出書の提出

各手順の手続きについて、詳しく解説します。

1. 譲渡ニーズ発生・価値評価

売り手は、業績や財務内容などを考慮したり、多角化経営から「選択と集中」へ経営方針を転換したりして譲渡ニーズが発生したら、事業譲渡の準備を進めます。数期分の決算書など必要書類を準備し、どの事業を売却するか決断しましょう。

売却する事業を決めたら、事業価値の評価(バリュエーション)が必要です。バリュエーションには、株式譲渡で会社自体を売却する場合と同様に以下の手法があります。

  • コストアプローチ
  • インカムアプローチ
  • マーケットアプローチ

コストアプローチとは、会社(事業)の純資産価値に注目した手法です。公平性・客観性が高いメリットがある一方、将来の収益性を反映できないデメリットがあります。

インカムアプローチとは、会社(事業)の収益力に注目した手法です。将来の収益性を考慮して評価できる分、公平な判断基準の設定が難しいデメリットもあります。

マーケットアプローチとは、株式市場における会社(事業)の評価に注目した手法です。現状を反映した評価がしやすい一方で、比較対象が見つからなければ評価が困難というデメリットがあります。

なお、中小企業の場合、コストアプローチの年倍法を用いれば手軽に評価可能です。以下の計算式で求められます。

事業価値 = 純資産 + 数年分(3〜5年目安)の営業利益

純資産は、時価で計算することが一般的です。

参考)純資産とは

参考)営業利益とは

なお、事業価値と似た用語に「企業価値」があります。企業価値とは、企業全体の価値のことで、事業価値に非事業用資産を足し合わせて計算できます。

参考)企業価値とは

2. 候補先探し

事業譲渡する事業が決まったら、売却する相手を探します。譲渡する事業との関連性がある会社や、シナジー効果を期待できそうな会社があれば、交渉がスムーズに進みやすいです。

候補先が身近にいない場合、なかなか交渉がうまくいかない場合、事業譲渡の進め方がよくわからない場合は、専門家に相談するとよいでしょう。事業譲渡を含むM&Aの主な相談先として、公認会計士や弁護士などの専門家・M&Aの仲介会社・取引金融機関・公的機関などが挙げられます。

3. 秘密保持契約の締結

候補先が見つかったら、売り手と買い手の間で秘密保持契約を締結した上で交渉を進めます。秘密保持契約とは、自社の秘密情報を他社に開示する際に、秘密を保持してもらうことを約束する目的で締結する書類です。M&A仲介会社に候補先探しを依頼する際は、依頼時に秘密保持契約を締結します。

秘密保持契約の締結後、譲渡価格や今後のスケジュール、従業員の処遇などについて交渉を進めていきます。交渉が不安な場合は、専門家によるサポートも検討しましょう。

4. トップ面談後に基本合意契約の締結

交渉が進んだ段階で、両社の経営者が話し合うトップ面談を実施します。トップ面談では、事業譲渡を進める理由、自社の経営方針、企業風土などを紹介することが一般的です。

トップ面談を経て、買い手が前向きにM&Aを検討している場合は、その旨を書面で売り手に伝えるために意向表明書を提出します。意向表明書に盛り込まれる内容は、買い手の企業概要や譲渡希望額、スケジュールなどです。

その後、双方で条件面について大筋で合意できたら、基本合意書を締結します。基本合意書は現時点で合意した内容を確認するための書類で、法的拘束力を持たないことが一般的です。

5. デューデリジェンスの実施

基本合意契約を結んでから、買い手が売り手の事業に対してデューデリジェンスを実施します。デューデリジェンスとは、投資先の価値やリスクを評価することです。主なデューデリジェンスの種類は、以下のとおりです。

  • 財務デューデリジェンス
  • 税務デューデリジェンス
  • 法務デューデリジェンス
  • ITデューデリジェンス
  • 労務デューデリジェンス

デューデリジェンスの結果が、今後の交渉を左右することもあります。そのため、売り手は買い手からのヒアリングに対して誠実に対応することが大切です。

6. 取締役会決議

事業譲渡は基本的に「重要な財産の処分及び譲受け」に該当するため、契約を締結するにあたって取締役会での決議が必要です。ただし、取締役会設置会社でない場合は、過半数の取締役の決議を取ることで事業譲渡を決定できます。

なお、取締役会で決議しなければならない事項については、会社法362条4項で規定されています。

参考)e-Gov「会社法 第三百六十二条」

7. 事業譲渡契約の締結・クロージング

取締役会決議で承認が下りたら、売り手と買い手の間で事業譲渡契約を締結します(クロージング)。事業譲渡契約書に盛り込む主な内容は、以下のとおりです。

  • 事業譲渡する日(効力発生日)
  • 譲渡対価(買い手が売り手に支払う金額)
  • 対価の計算根拠
  • 支払い方法
  • 競業避止義務
  • 財産の移転手続き
  • 契約の引継ぎ
  • 従業員の引継ぎ

上記以外にも、双方で必要と判断した項目が盛り込まれることがあります。

なお、効力が発生する20日前までに、会社は株主に対して事業譲渡の旨を通知しなければなりません(会社法第469条第3項)。その際、事業譲渡に対して反対する株主から、保有する株式を公正な価格で買い取るよう請求される可能性があります。

参考)e-Gov「会社法 第四百六十九条」

8. 株主総会での承認・事業譲渡届出書の提出

事業譲渡の内容によって、締結した事業譲渡契約の内容について効力発生する前日までに株主総会での特別決議をしなければなりません。会社法第467条によると、決議が必要となる主なケースは以下のとおりです。

  • 事業のすべてを譲渡する場合
  • 事業の重要な一部を譲渡する場合
  • 事業のすべてを譲受けする場合

なお、略式事業譲渡や簡易事業譲渡に該当する場合は、株主総会での決議を省略できます(会社法第468条)。略式事業譲渡とは、買い手が売り手の特別支配会社であるケース、簡易事業譲渡とは譲渡する資産の帳簿価額が、売り手の総資産の1/5を超えないケースのことです。

そのほか、会社の規模によって、買い手が事業譲渡届出書を公正取引委員会に提出しなければならないことがあります。

参考)e-Gov「会社法 第四百六十七条」e-Gov「会社法 第四百六十八条」
参考)公正取引委員会「事業等の譲受けの届出制度」

事業譲渡を進める際の注意点

事業譲渡を進める際の注意点は、以下のとおりです。

  • 事業譲渡手続きには数か月かかる
  • 誠実に対応しなければならない
  • 従業員が反発する可能性がある
  • 税金が課されることがある

各注意点について、詳しく解説します。

事業譲渡手続きには数か月かかる

事業譲渡の手続きには数か月の期間がかかるため、検討中の場合は早めに準備しましょう。

売り手は、候補先との交渉をスムーズに進めるために、あらかじめ売却する事業を絞っておくことがポイントです。候補先が見つかってから具体的な事業を決めようとすると、交渉に時間がかかり、成約に至る可能性も下がるでしょう。一般的に、各事業の業績や成長性などを踏まえて、譲渡の対象となる事業を絞ります。

一方、買い手は事業譲渡の手続き後に許認可取得の手続きが必要な点を理解しておかなければなりません。事業譲渡手続きの完了日だけでなく、許認可を取得できる日も考慮してスケジュールを立てることが大切です。

また、従業員との雇用契約、不動産の移転登記などの手続きにも時間や手間がかかることを理解しておきましょう。

誠実に対応しなければならない

相手に不信感を持たれると成約できないため、売り手は事業譲渡の交渉段階から誠実に対応しなければなりません。買い手に開示する情報に誤りがあることが判明した場合や、開示した情報以外に負債があることが判明した場合は、速やかに相手に報告しましょう。

一般的に、事業譲渡契約書には表明保証条項(契約の事実関係や法律関係について真実性や正確性を保証するもの)が盛り込まれています。事業譲渡契約がまとまっても、のちに表明保証条項違反があることが判明すると、契約を解除されたり、損害賠償を求められたりする可能性があるでしょう。

なお、誠実に対応したつもりでも、報告漏れがあることが判明して成約後に損害賠償請求されないか不安な場合は、表明保証保険に加入する方法があります。表明保証保険(売主用)とは、表明保証違反により買い手から損害賠償請求された場合に、金銭を補填する保険のことです。売り手に違反があった際に、より確実に保険会社から支払ってもらうために、買い手が表明保証保険(買主用)に加入するケースもあります。

従業員が反発する可能性がある

会社の都合だけで事業譲渡を決断すると、従業員が反発する可能性があります。なぜなら、関連する事業に携わる従業員の職場環境が大きく変わるためです。

事業譲渡が明らかになった時点で、不安を感じた従業員が大量に離職することも起こり得ます。その場合、人材の確保も目的のひとつとしていた買い手が事業譲渡契約を中断する可能性もあるでしょう。

事業譲渡を決断したら、売り手は従業員とコミュニケーションをしっかり取り、納得してもらえるような説明を心がけることが重要です。一方、買い手も従業員の離職リスクを十分に考慮した上で、事業譲渡の交渉を進めましょう。

なお、事業譲渡に伴い従業員を解雇せざるを得ない場合は、労働法に基づき慎重に対応しなければなりません。

税金が課されることがある

売り手も買い手も、事業譲渡で税金が課されることがある点に注意が必要です。事業譲渡と株式譲渡では税金が異なるため、それぞれ比較した上でM&Aを検討しましょう。

ここから、売り手にかかる「法人税」と、買い手にかかる「消費税」「不動産取得税」「登録免許税」について、詳しく解説します。

法人税(売り手)

株式譲渡の場合は株式を売却した株主に対して譲渡所得税が課されるのに対し、事業譲渡の場合は譲渡益に対して、売り手(会社)に法人税が課されます。事業譲渡の法人税を計算する際の計算式は、以下のとおりです。

譲渡益 = 事業譲渡の売却金額 − (対象事業の資産 - 対象事業の負債)

課される法人税額 = 譲渡益 × 法人税率

法人税は会社全体の利益に対して課される税金のため、決算が赤字の場合は事業譲渡で譲渡益が発生していても法人税が課されないこともあります。

なお、2023年1月時点で国・地方の法人実効税率は29.74%です。法人税率は、そのときの財政事情や経済情勢などを反映して決定されます。

参考)財務省「法人課税に関する基本的な資料」

消費税(買い手)

一部例外を除き株式譲渡には消費税がかからないのに対し、事業譲渡では、買い手が消費税を負担しなければなりません。消費税が課されるのは、事業譲渡の対価から非課税資産分を除いた金額に対して10%(2023年12月現在)です。

課税資産と非課税資産を以下の表にまとめました。

主な課税資産 主な非課税資産
有形固定資産 土地
無形固定資産 有価証券
棚卸資産 債権(売掛金など)
営業権

たとえば、1億円の事業譲渡取引の中に土地(5,500万円)・売掛金(500万円)が含まれる場合、買い手に課される消費税は400万円です((1億円 − 6,000万円)× 10%)。

なお、消費税を負担するのは買い手ですが、売り手は買い手から徴収した分の消費税を納めなければなりません。

参考)国税庁「No.6201 非課税となる取引」

不動産取得税(買い手)

事業譲渡では、買い手に不動産取得税がかかることもあります。不動産取得税とは、土地・家屋を購入したり建築したりすることで不動産を取得した際に、不動産の所在する都道府県に納税しなければならない税金のことです。

買い手に課される不動産取得税は、以下の式で求められます。

不動産取得税 = 取得した不動産の価格(課税標準額) × 税率

2024年3月31日までの不動産取得税の税率は、土地・家屋(住宅)で3%、家屋(非住宅)で4%です。

参考)総務省「不動産取得税」
参考)東京都主税局「不動産取得税」

登録免許税(買い手)

事業譲渡により買い手が不動産を取得する場合は、登録免許税もかかります。登録免許税とは、不動産・船舶・会社・人の資格などについて、登記や登録などをする際にかかる税金です。

不動産登記とは、土地や建物の所在・面積・所有者などの情報を記載して一般公開する仕組みを指します。取引の円滑化や、取引の安全性を確保するために登記が必要です。

買い手に課される登録免許税は、以下の式で求められます。

登録免許税 = 取得した不動産の価格(課税標準額) × 税率

事業譲渡による登録免許税の税率は、土地も建物も2%です。ただし、2026年3月31日までに登記する場合は、土地に対して1.5%です。

参考)国税庁「No.7191 登録免許税の税額表」

事業譲渡した際の会計処理

事業譲渡した際の会計処理・仕訳方法について、譲渡側(売り手)側と譲受側(買い手)に分けて紹介します。今回は、事業譲渡にかかる手数料を考慮しておりません。

譲渡側(売り手)の仕訳

譲渡対象事業の資産が7,000万円、負債が2,000万円、事業譲渡の対価が1億円のケースで、譲渡側(売り手)の仕訳は以下のとおりです。

借方 貸方
現預金 100,000,000円 諸資産 70,000,000円
諸負債 20,000,000円 事業譲渡益 50,000,000円

今回、1億円の対価と引き換えに資産7,000万円と負債2,000万円を譲渡するため、5,000万円を「事業譲渡益」として貸方に計上しました(1億円 − (7,000万円 − 2,000万円))。

なお、諸資産と諸負債は簿価で計上しています。

譲受側(買い手)の仕訳

同様のケースで、譲受側(買い手)の仕訳方法を紹介します。買い手の会計処理では、「のれん」を考慮しなければなりません。

のれんを計算する際は、時価純資産(時価資産と時価負債の差額)を用いなければなりません。資産(時価)6,500万円、負債(時価)2,500万円の場合の、仕訳例が以下のとおりです。

借方 貸方
諸資産 65,000,000円 諸負債 25,000,000円
のれん 60,000,000円 現預金 100,000,000円

事業譲渡で支払った対価1億円と、取得した事業の時価純資産4,000万円(6,500万円 − 2,500万円)の差額である6,000万円を「のれん」として資産に計上しています。のれん分は、一定期間にわたって償却可能です。

なお、実際のケースではこのほかに消費税なども考慮しなければなりません。

事業譲渡まとめ

事業譲渡とは、会社が営む「事業」の一部またはすべてを第三者に譲渡することです。株式譲渡と異なり、事業譲渡では会社の経営権が売り手に残ります。

売り手は引き続き会社を経営できる点が事業譲渡のメリットです。また、買い手にとっても対象事業以外の負債・債務を引き継ぐ心配がない点がメリットとして挙げられます。

一方、競業避止義務が定められている点が売り手にとって事業譲渡を選択するデメリットです。買い手にも、事業譲渡後に対象事業の許認可をあらためて取得しなければならないデメリットがあります。

M&Aを検討している方は、メリットとデメリットを比較した上で、どの手法にするか決めるとよいでしょう。

この記事の監修者

牛崎 遼 株式会社フリーウェイジャパン 取締役

2007年に同社に入社。財務・経理部門からスタートし、経営企画室、新規事業開発などを担当。2017年より、会計などに関する幅広い情報を発信する「会計ブログ」の運営責任者を継続している。これまでに自身で執筆または監修した記事は300本以上。

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