資本コストとは?経営における重要性や計算方法など解説
更新日:2025年06月18日

企業が事業活動を進める上で必要不可欠な資本を調達する際には、株式発行における株主への配当や株価上昇への期待、債券発行における利息、銀行融資における金利の支払いなど、さまざまな形でコストが発生します。資本コストとは、これらのコストを総合的に捉えたものです。資本コストを総合的に理解し、適切に管理することは、企業の収益性を評価し、効率的に資金運用するための財務戦略を策定する上で不可欠です。この記事では、資本コストが重要視される背景から計算方法、下げる手法や資本コストを意識した経営を実現する取り組みなどについて紹介します。
目次
資本コストとは?重要性と主な種類
資本コストは、企業が事業活動に必要な資金を調達する際に伴う費用の総称です。たとえば、銀行からの借り入れには利息の支払いが生じ、株式発行によって調達した資金に対しては、株主への配当や株価上昇への期待に応える必要があります。これらの負債コストと株主資本コストを総合的に考慮したものが、加重平均資本コスト(WACC)です。
WACCは、企業の資本構成、すなわち負債(他人資本)と株主資本(自己資本)の構成比率に応じて計算されます。負債比率が高いほど、一般的にはWACCは低下する傾向がありますが、過度な負債は財務リスクを高めます。
資本コストは、企業価値を評価する上で重要な要素です。将来のキャッシュフローを現在価値に割り引く際に用いられる割引率としてWACCが用いられることが一般的で、資本コストが高いと、将来利益の現在価値が小さく見積もられ、結果として企業価値を下げる要因になります。
また、資本コストは、企業が新たな投資プロジェクトを実行するかどうかを判断する際の基準、いわゆるハードルレートとしても機能します。投資から得られる期待収益率が資本コストを上回らなければ、その投資は株主価値を毀損する可能性があり、見送られるべきと判断されるのです。
このように、資本コストは企業の財務戦略や投資判断において、根幹をなす重要な概念といえるでしょう。
資本コストが重要視される背景
企業経営において、資本コストを適切に把握し、それを意識することは、持続的な成長と企業価値の向上に不可欠です。近年、この資本コストの重要性は、日本経済全体における課題認識の高まりとともに、より一層注目を集めています。
その背景として、2018年6月に株式会社東京証券取引所(東証)が改訂した「コーポレートガバナンス・コード」において、企業に対して資本コストを意識した経営を求める内容が明記されたことが挙げられます。これは、企業が株主をはじめとするステークホルダーの期待に応え、効率的な資本運用を促すための重要な指針となりました。
さらに、この流れを加速させる動きとなったのが、2023年3月に東証から発表された「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応等に関するお願いについて」です。通知の内容は、企業が自社の資本コストを正確に把握し、その水準を踏まえた上で収益性の向上や資本効率の改善に取り組むこと、そしてその取り組みを株価に反映させることを強く要請するものでした。
東証による一連の動きは、日本企業の経営層にとって、資本効率や株主価値をより重視する経営へと意識改革を促す大きな契機となりました。これを受け、多くの企業が自社の資本コストを改めて算出し、その水準をベンチマークと比較したり、資本構成の見直しや投資判断の基準に活用したりするなど、資本コストを意識した経営の実現に向けて、具体的な取り組みを進めることとなっています。こうした変化は、日本経済全体の活性化と、より持続的な企業価値の創造につながるものと期待されています。
参考)株式会社東京証券取引所「コーポレートガバナンス・コード」
参考)日本取引所グループ「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応等に関するお願いについて」
資本コストの主な種類
資本コストは、資金の出し手である投資家の種類に応じて、大きく2つに分類されます。
- 負債(他人資本)コスト
- 株主資本(自己資本)コスト
企業が資金調達をする際には、それぞれの資本提供者に対して適切なリターンを提供する必要があります。ここでは、それぞれについて詳しく解説します。
負債(他人資本)コスト
負債コストとは、企業が社債や銀行融資といった負債によって資金調達をする際に発生する費用のことです。負債コストは、資金の出し手である社債権者や銀行などの債権者の視点から見ると、彼らがその資金提供への対価として求めるリターン、つまり債権者の企業に対する期待収益率といえます。
債権者が期待する主なリターンは、社債の利回りや銀行ローンの金利です。これらの利息支払いが、企業にとっての負債コストとなります。負債コストは原則として支払い義務があり、損益計算書では支払利息として計上されます。
株主資本(自己資本)コスト
株主資本コストとは、企業が株式発行によって株主資本を調達する際に、会社側から見て株主に対して支払うべきコストのことです。一方、株主の視点から見ると、これは彼らが出資した金額に対して期待するリターン、つまり株主の会社に対する期待収益率といえます。
株主が期待するリターンは、主に配当と株価上昇です。企業が株主に利益を還元する配当金は、株主資本コストの直接的な要素となります。また、株主は企業の成長による株価上昇も期待しており、これも株主資本コストの要素と見なされます。
株主資本コストは、負債コストとは異なり、法的な支払い義務はありません。しかし、株主の期待に応えられない場合、株価の下落や投資意欲の低下を招く可能性があります。
資本コストの計算方法
資本コストの代表的な計算方法が、「WACC(Weighted Average Cost of Capital:加重平均資本コスト)」です。WACCは、株主資本コストと負債コストをそれぞれの時価で加重平均して求めます。
企業の投資判断に用いられるNPV(正味現在価値)を計算するときの割引率も、このWACCが使われます。
WACC(%) = 株主資本コスト × 株主資本/(有利子負債 + 株主資本) + 負債コスト × (1-実効税率) × 有利子負債/(有利子負債 + 株主資本)
資本コストが上がる主な理由
一般的に、資本コストは低い水準であることが望ましいとされています。なぜなら、資本コストが企業の収益性を上回ってしまうと、事業活動によって得られた利益が資金調達のコストを賄いきれず、結果として株主価値の毀損につながる可能性があるためです。
資本コストが高くなる主な要因としては、企業を取り巻く内外のさまざまな環境要因が複合的に影響することが考えられます。
事業リスクの高い会社構造
企業の事業活動におけるリスクが高い場合、投資家はそのリスクに見合うだけの高いリターンを要求する傾向が強まります。特に株主は、事業の不確実性に対してより高いリスクプレミアムを求めるため、結果として配当金の増額要求や株価上昇への期待が高まり、株主資本コストを押し上げる要因となります。
たとえば、市場の変動を受けやすい事業や、技術革新のスピードが速い業界に属する企業は、事業リスクが高いと認識されやすく、資本コストが高くなる可能性があるでしょう。また、収益の安定性に欠ける事業構造を持つ企業も同様の傾向が見られます。
高金利の借り入れ
企業が金融機関から資金を借り入れる際の金利水準が高い場合、当然ながら負債コストは上昇します。これは、金融市場全体の金利動向に左右される外部要因であると同時に、企業の信用力といった内部要因にも左右されます。信用力が低いと判断された企業は、より高い金利での借り入れを余儀なくされることがあるでしょう。
資本コストを下げるための主な手法
資本コストの上昇は、企業の収益性や企業価値に負の影響を与える可能性があるため、企業はさまざまな手法を用いて資本コストの低減を図ります。
ここでは、まず検討される金利の見直し、投資家へのリスク情報の開示といった手法を紹介します。
金利を見直す
負債コストの低減は、資本コスト全体を下げるための重要な手段の一つです。
現在の借入金の金利が高い場合、より低金利な条件を提示する別の金融機関への借り換えを検討することは有効な選択肢となります。金融機関によって金利水準や手数料が異なるため、複数の金融機関の条件を比較検討することが重要です。
たとえば、1,000万円を年利5%で借り入れ、残りの返済期間が10年の場合、月々の返済額は106,065円、残債は12,727,860円です。これを年利3%のローンに借り換えた場合、月々返済額は96,560円、残債は11,587,280円となり、資本コストを大きく引き下げられます。
また、金利には固定金利と変動金利があり、今後の金利動向の予測に基づいて有利な金利タイプを選択する必要があります。あわせて、借入期間の長さも金利水準に影響を与えるため、企業の資金繰り状況や将来計画を踏まえ、適切な借入期間を設定することも資本コストの最適化につながります。
投資家などにリスク情報を開示する
企業の事業内容、財務状況、リスク要因などを透明性高く開示することは、投資家の企業に対する理解を深め、不確実性を低減する効果があります。リスク情報が適切に開示されることで、投資家が過度なリスクプレミアムを要求する必要がなくなり、結果として期待リターンや配当金の要求水準が緩和される可能性があるためです。
投資家向け広報(IR)活動を積極的に行い、企業の成長戦略や将来性、リスク管理体制などを丁寧に説明し、投資家の信頼を獲得することが重要です。
資金調達と資本コストの関係
会社がスムーズに資金調達するには、資本コストを意識して会社を経営する必要があります。そこで、一つの指標になるのが、キャッシュフローが資本コストを上回っているかどうかです。
資本コストを上回るキャッシュフローを獲得できていれば、銀行や投資家、株主などから魅力的な投資先であると見られるため、資金調達がしやすくなります。逆に、キャッシュフローが資本コストを下回っていると、リスクに見合ったリターンを得られない投資先であると見られ、資金調達が難しくなります。
資本コストに関する指標
資本コストを適切に把握し、経営判断に活かすためには、関連する主要な財務指標を理解することが不可欠です。
ここでは、資本コストと密接に関連する代表的な指標であるROE(自己資本利益率)、ROA(総資産利益率)、ROIC(投下資本利益率)について、それぞれの意味、計算方法、資本コストとの関連性を解説します。
ROE
ROE(Return On Equity)は、自己資本利益率とも呼ばれ、株主が出資した資本(自己資本)を元手に、企業がどれだけの利益を上げたのかを示す指標です。株主にとって、企業がいかに効率的に活用してリターンを生み出しているかを評価する上で重要な指標となります。
ROEは、以下の計算式で算出できます。
ROE(%)=当期純利益 ÷ 自己資本 × 100
当期純利益は一定期間における企業の最終的な利益、自己資本は株主資本です。
ROEと資本コスト(特に株主資本コスト)を比較することで、企業が株主の期待するリターンを上回る利益を上げているかどうか判断できます。一般的に、ROEが株主資本コストを上回っている場合、企業は株主にとって価値創造していると評価されます。
ROA
ROA(Return On Assets)は、総資産利益率とも呼ばれ、企業が保有する全ての資産(自己資本と他人資本の合計)をどれだけ効率的に活用して利益を生み出しているかを示す指標です。企業の総合的な収益性を測る上で重要な指標となります。
ROA(%)=当期純利益 ÷ 総資産 × 100
ROAと資本コスト(加重平均資本コストであるWACCなど)を比較することで、企業が調達した全ての資本に対して、どれだけの収益性を上げているかを評価できます。ROAが資本コストを上回っている場合、企業は効率的に資本を活用して収益を獲得していると判断できます。
ROIC
ROIC(Return On Invested Capital)は、投下資本利益率とも呼ばれ、企業が事業活動に投下した資本に対し、どれだけの利益を生み出しているかを示す指標です。企業の事業活動における資本効率性を評価する重要な指標といえます。
ROIC(%)=(営業利益 × (1 − 実効税率)) ÷ (株主資本 + 有利子負債) × 100
営業利益 × (1 − 実効税率)は税引後営業利益、株主資本 + 有利子負債は投下資本です。
資本コスト(特にWACC)よりもROICが高い状態は、企業が投下資本の調達コストを上回るリターンを得ており、企業価値が投下資本を上回っていると評価できます。ROICとWACCの差であるスプレッドは、企業が資本を効率的に活用し、どれだけの価値を創造しているかの指標となります。
資本コストを意識した経営を実現する取り組み
資本コストを意識した経営の実現は、短期間で達成できるものではなく、企業の持続的な成長と企業価値向上に向けた長期的な取り組みが不可欠です。東証は、上場企業に対し、資本コストや株価を意識した経営の実現に向けて、以下の3つの段階的な対応を要請しています。
- 現状分析
- 計画策定および開示
- 取り組みの実行
以下に、それぞれの段階における具体的な内容を解説していきます。
参考)株式会社東京証券取引所 上場部「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応について」
現状分析
企業はまず、自社の資本コストの現状を正確に把握し、その水準に見合うだけの収益性を事業活動において実現できているのかを詳細に分析する必要があります。この現状分析を疎かにすると、適切な課題設定や目標設定が難しくなり、その後の取り組みが効果を発揮しない可能性があります。
現状分析においては、ROE(自己資本利益率)やROIC(投下資本利益率)などの財務指標を継続的にモニタリングすることが重要です。これらの指標の推移を把握することで、自社の資本効率性の現状や課題を明確にできます。
さらに、同業他社や業界全体の平均値と比較することも有効な手段です。自社のROEやROICが業界平均と比較して高いのか低いのかを把握すれば、相対的な強みや改善すべき点が見えてきます。
この現状分析を通じて、資本コストが収益性を圧迫している要因や改善の余地がある領域を特定することが、次の計画策定に役立ちます。
計画策定および開示
現状分析の結果を踏まえ、企業は優先的に取り組むべき課題や、中長期的な資本コスト管理、株価向上に向けた具体的な目標を検討し、計画を策定します。この計画策定においては、単に財務指標の改善目標を掲げるだけでなく、その目標達成に向けた具体的なアクションプランを落とし込むことが重要です。
経営資源の適切な配分は、資本効率性を高める上で不可欠であり、事業ポートフォリオの見直しも検討されるべきです。収益性の低い事業や、資本効率の悪い事業からの撤退、成長が見込める事業への重点的な投資など、事業構成の最適化を図ることで、資本コストに見合う収益性の確保を目指します。
策定した具体的な取り組み内容やその実施時期については、株主や投資家に対してわかりやすく開示することが求められます。透明性の高い情報開示は、投資家の理解と信頼を得るために不可欠であり、企業の取り組みへの支持を高めることにつながるでしょう。
取り組みの実行
策定された計画に基づき、企業は資本コストを意識した経営を具体的に実行に移していきます。この段階では、計画を着実に実施するための組織体制の構築や、従業員への意識浸透なども重要となります。
また、株主や投資家との建設的な対話を重視することも、資本コストを意識した経営を実現する上で欠かせません。IR活動を通じて、企業の取り組みの進捗状況や成果を定期的に報告し、投資家からの意見やフィードバックを真摯に受け止める姿勢が求められます。
取り組みの実行後は、年1回以上の頻度で進捗状況を分析し、その結果を開示内容に反映させていく必要があります。計画の進捗状況を定期的に評価し、必要に応じて計画の見直しや修正をすることで、より効果的な資本コスト管理と企業価値向上を目指す継続的な改善サイクルを確立することが重要です。
資本コストを意識した経営の成功事例
資本コストを意識した経営で成功を収めている企業の事例をいくつか紹介します。これらの企業は、投資家との対話を重視し、資本効率の改善や情報開示の強化に取り組むことで、企業価値向上につなげています。
- 旭化成(3407):CFOメッセージでPBR改善に向けた具体的な取り組みを説明。人的資源戦略や知的財産活動といった無形資産が企業価値向上につながることを説明しています。
- 花王(4452):ROICと成長可能性の観点から事業ポートフォリオ管理を強化。収益性の低い事業の見直し・再編を実施しています。
- 丸文(7537):コーポレートガバナンス強化やステークホルダーエンゲージメント向上など、非財務的な側面からの資本コスト削減に取り組んでいます。
- 三陽商会(8011):収益性改善策と並行してIR/SR活動を強化。市場との対話基盤を整備しています。
- 稲畑産業(8098):株主資本コストを上回る収益性を達成しても、PERやPBRなどの市場評価指標を分析し、改善策を検討しています。
これらの事例から、資本コストを意識した経営は、財務指標の改善だけでなく、投資家との対話や情報開示の強化、事業ポートフォリオの見直しなど、多岐にわたる取り組みが必要であることがわかります。
資本コストまとめ
企業が事業活動に必要な資金を調達する際に伴う資本コストは、企業価値評価や投資判断のハードルレートとして重要です。
近年、東証の要請もあり、企業は資本コストを意識した経営を推進する動きが加速しています。ROE、ROA、ROICなどの指標で現状を分析し、計画策定・開示、取り組み実行を通じて、あらゆる企業が資本効率の向上を目指しています。資本コストの低減は、企業価値向上に不可欠な要素といえるでしょう。
この記事の監修者
牛崎 遼 株式会社フリーウェイジャパン 取締役
2007年に同社に入社。財務・経理部門からスタートし、経営企画室、新規事業開発などを担当。2017年より、会計、簿記、ファクタリングなどの資金調達に関する幅広い情報を発信する「会計ブログ」の運営責任者を継続している。これまでに自身で執筆または監修した記事は400本以上にのぼる。FP2級。
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当社、株式会社フリーウェイジャパンは、1991年に創業した企業です。創業当初から税理士事務所・税理士法人向けならびに中小事業者(中小企業および個人事業主)向けに、会計ソフトなどの業務系システムを開発・販売しています。2017年からは、会計・財務・資金調達などに関する情報を発信するメディアを運営しています。
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